世界を舞台に活躍する人物たちの“ことば”から、生きる“ヒント”を。
Everyone is my mentor.
人物
本名:馬雲(ジャック・マー)
生誕:1964‐9‐10(中国‐浙江省‐杭州市)
職業:アントレプレナー(Alibaba Group Holding Limited. ファウンダー)
こころ そっと 揺れる ことば
第3回世界浙江企業家フォーラムにて・・・
私は、かつて、教師をしていましたが、ずっとこう思っていました。
知識人は、偉い。
教師には、知識がある。
科学者も、立派だ。
でも、商売人は、軽蔑されると思っていました。
でも、今は、とても誇りに思います。
起業家であることを、商売人であることを。
なぜなら、商売人は、学校では育てられないからです。
また、政府が育成できるものでもありません。
明確に、何人育成できるかだなんて、誰にも分からないものなのです。
商売人というのは、市場への理解や、独自の見解や、懸命に奮闘する力、それらがあってこそ生まれるのです。
中国においても、世界においても、商売人は、貴重な資源です。
個人的にずっと思ってきたことですが、商売人というのは、経済発展における科学者であり芸術家です。
かつて、社内で戦略を検討していた頃、MBA出身者がよく言っていました。
「こんな戦略は、間違っている。」
「大規模化できない。」
「複製化できない。」
でも、個人的に思うのは、戦略というのは、複製できないものです。
複製できるものは、それ自体が複製品で、本当に複製できないものは、すべて芸術品です。
ちょうど、私たちの顔と同じです。
それこそ、芸術品でしょう。
でも、整形で作った顔は、複製品です。
簡単に作れるものですからね。
企業の戦略はなおさらです。
ですから、起業家一人一人が、自社の製品を、自分のサービスを、芸術品の域に高めるべきだと私は思います。
誰にも複製できない。
誰にも超えられない。
自分だけが超えられるものにする。
それでこそ、長く遠く進み続けられるのです。
起業家にとって、もう一つ難しいのは、“知行合一”です。
知ることは、簡単です。
知識を学ぶのは、たやすいことです。
ただ、知り得たことを実践し、それで他人を喜ばせるのは、どれだけ難しいことでしょう。
だから、“知行合一”は、起業家にとって非常に難しいことなんです。
ですから、皆さん、社会の貴重な資源を大事にしてください。
それはつまり、私たち自身、社会の起業家のことです。
幼い頃、皆さん夢があったと思います。
「将来、何になりたい?」と聞かれると、「科学者になりたい。」とか、「教師になりたい。」とか、「軍人になりたい。」とかね。
でも、「社長になりたい。」とは言いにくかったですよね。
まるで、社長になることが、恥であるかのようでした。
本日、ご列席の皆さんは、もし、自分の子どもが「社長になりたい。」と言ったら、冒険のチャンスをたくさん与えてください。
知識を学ぶだけでなく、人との付き合い方など、色々、学ぶ必要があります。
なぜなら、起業家は、社会で鍛えられて生まれるからです。
私たちのこれからのチャンスは、強大な内需にこそあります。
よく経済の牽引力を“三大の馬車”と言いますが、実際は、“馬車二台”と“牛車一台”だと私は思います。
“馬車二台”とは、輸出と投資のことです。
でも、内需は、“牛車”と言うべきでしょう。
ここにいる起業家の皆さん、今日ここに座っていらっしゃる方々は、すでに無数の困難を切り抜けてこられました。
もう心配することはないと思い、これからの若者たちには、火のような情熱があり、火のような衝動を持つ、起業家が出てきます。
私たちは、それを称えるべきでしょう。
でも、私たちは知っています。
若者ですから、道は、まだまだ長い。
私たちの歩いてきた道や失敗を、彼らも一通り経験しなければなりません。
ただ、私たちは、未来に対する畏敬と過去への感謝を持ちたいものです。
感謝というのは、中国に過去30年間の平穏な発展がなければ、私たちの今日はなかったからです。
だから、感謝するのです。
一方、未来に対しては、畏敬の心が必要です。
新しい技術は恐るべきもので、皆さんの想像を大きく超えています。
実際のところ、Alibabaが出てこなくても、従来の小売業の多くは潰れていたでしょう。
単にちょうど、私たちが現れたために、そのプロセスが加速しただけです。
ですから、技術者のせいにしてはいけません。
第一次産業革命で機械が生まれ、農業が打撃を受けました。
しかし、どの技術革命においても、技術が雇用を奪ったとは言えません。
そんなことは、起きていません。
実際は、新たな技術が出るたびに、無数の雇用が生まれていたのです。
第一次産業革命で機械が人力に取って代わったと考えられていますが、実際は、産業革命により、無数の労働者が生まれたのです。
第二次エネルギー革命も、無数の雇用を生み出しました。
今回の技術革命も同じように、無数の雇用を生み出しています。
違うのは、ハイエンド人材が求められることだけです。
ですから、未来も大丈夫だと私は信じます。
覚えておいてください。
経済の転換では、必ず、ローエンドの製造業からハイエンドの製造業へ移行します。
製造業は、サービス業との融合が不可欠です。
サービス業にこそ、未来があります。
どんな製造業も、つまりは、サービス業なのです。
皆さんもお気付きでしょう。
サービス業は、単なるコスト競争ではありません。
イノベーション力、人材、組織の勝負です。
アイデアの勝負です。
ほとんどの銀行は、生産ラインへの投資を希望し、従業員には投資したがりません。
もし、従業員に投資をしたら、イノベーション力に力を入れたら、組織や文化の構築に力を入れたらどうでしょう。
“制度”ができることは、単に、従業員に悪事を働かせないだけです。
“文化”は、従業員のイノベーション力を刺激します。
ですから、企業間の競争は、最終的には、人材の勝負であり、リーダーの勝負であり、イノベーション力の勝負なのです。
そこで皆さんに言いたいのは、好むと好まざるとにかかわらず、この世界のゲームのルールは、今現在から既に変化し始めたということです。
今は、“DT”の時代、すなわち、データ・テクノロジーです。
“IT”は、皆さん自身を強くしてくれました。
ただそれは、自身の情報化というだけで、基本能力に過ぎません。
“DT”、つまり、データ・テクノロジー、この“DT”の登場は、技術の変革ではなく、“思想”を変革するものです。
“DT”は、従業員を強くし、パートナーを強くする、顧客を強くする、さらには、ライバルを強くする。
皆さんも考えることがあるかも知れません。
ライバルが強くなるとは、どういうことでしょう?
泥棒が間抜けだと、警察は無能になります。
泥棒がやり手だと、警察も有能になります。
強いライバルがいてこそ、自分も強くなるのです。
皆さんは、ライバルが現れるたび、ラッキーだと思ってください。
自分を鍛えてくれる人に出会えたと。
決して食うか食われるかと思わないでください。
相手を潰しても、自分が生き残れるとは限らないのです。
ですから、ビジネスの戦いにおいて大切なことは、“DT”やデジタル技術は、単なる“IT”技術の活用ではなく、他者を強くするということです。
今後、企業は、透明化が進みます。
共有することの価値を理解せねばなりません。
今後の企業は、透明化や共有を基盤として責任を果たし、独創的な従業員を多数育てねばなりません。
これこそが、未来の競争です。
今後、あなたが、従業員にさせる競争は、ライバルが800元なら、うちは300元だとか、ライバルが原料1キロを2元で買えば、うちは1.8元で買えとか、うちの生産能力は500ラインで5,000個だが、ライバルの生産能力は4,000個だとか、そういう競争ではありません。
これまでは、大規模化や標準化の時代でしたが、これからは、個性化・独自化の時代です。
ニーズに合わせたカスタマイズです。
製造業の差別化をもたらすのは、もはや、コストやイノベーションだけではないのです。
先程、周成建さんがお話されていましたね。
向上を重ね、最高の物を作ることだと。
そして、もう一つ、重要なことがあります。
私たちは、自分の製品は理解していますが、どれだけの時間を顧客理解や市場理解のために使っているでしょうか?
実は、未来のものづくりは、B2Cではなく、C2Bであり、つまり、消費者カスタマイズです。
世界的にも、中国にとっても、人がより多い場所に、チャンスがあるのです。
考えてみてください。
今後は、人口の多い省ほど需要が大きく、需要が大きい程、スタンダードを決める力が強くなります。
つまり、逆転するのです。
ですから、皆さんと共有したいのですが、それは、“自己の強化”から“利他”への転換です。
それが、今後21世紀の企業に不可欠な基本姿勢です。
あなたよりも従業員を賢くし、あなたよりも従業員を情報やデータに詳しくさせ、従業員に優れた能力を付けさせ、顧客やパートナー企業に力を付けさせる。
これこそが、21世紀のニュータイプの企業です。
皆さんが信じるかどうか分かりませんが、とにかく申し上げておきましたので、30年後、改めて思い返してください。
私にとってラッキーなのは、会社で他の人が仕事をしている間に、私は、好き勝手に考えていられることです。
ですので、それを皆さんと共有したいのです。
若者にとって、これほど良い時代はありません。
若者にとって、これほどの時代はないでしょう。
この時代だからこそ、親戚のコネに頼らずとも、腐敗に手を染めずとも、銀行からお金を借りずともよく、知識と才能と努力が武器になるのです。
それと理事や会員の皆さんにお願いします。
私たち浙江の経営者は未来永劫、贈収賄をやめてください。
もし、会員が贈収賄をした場合、出ていってもらいます。
なぜなら、競うべきは、本物の能力だからです。
未来の子どもたちのために、次世代の企業のために、私たちは、こんなビジネス環境を残していきましょう。
才知で勝負する環境、寝ずの努力と勤勉さで勝負する環境、自己変革で勝負し変化を大事にする環境です。
人が皆嫌がることは何か、人が皆支持することは何か、立ち止まって考えましょう。
実のところ、すべてのイノベーションは、会社の外側にヒントがあります。
あらゆる考え方、あらゆる優秀なものは、過去にヒントがあります。
競争に失敗するのは、ヒントを見落としたか、見下したか、分からなかったか、追いつけなかったか、です。
そのヒントは、一見つまらないもので、始めは見落としてしまいます。
「我が社は、世界最高で、独走状態だよ。」といった感じです。
次に、ライバルが出てきました。
「ふん、つまらないね。信頼できないね。」、そして、次に理解できないものになります。
「あれまぁ、何だか大きくなったね~。」、最後には、追いつけない存在になります。
そうなってからでは、時遅しです。
私たち浙江のビジネスは、まずは、行動です。
誰より勇敢にリスクを取りましょう。
ただ、制度を作ったり、人材や文化を作ったりすることは、リスクを乗り切るためには、不可欠です。
小船では、大きなリスクは、乗り切れません。
小船が得意なのは、沿岸での小回りです。
これからの企業は既に申し上げましたように、インターネットの出現により、必然的にほとんどの企業がグローバルなビジネスを展開します。
あなたが、グローバルに、全国的に、ビジネス展開したいのなら、良い組織が必要、良い文化が必要、優秀な人材への投資が必要です。
さもなくば、チャンスはないでしょう。
感想
ジャック・マーがトップを務めるAlibaba社は、2014年9月、ニューヨーク証券取引所へ上場を果たしている。当時の資金調達額は約2兆7,000億円であり、クロスボーダーIPOの世界記録を樹立している(本稿作成時点)。
華麗なる上場劇とは裏腹に、幼少期から青年期、はたまた起業の際も含め、彼の人生は、まさに、失敗の連続であった。
彼について、少しでも興味をもって欲しいので、いくつかエピソードを記す。
エピソード①
小学校受験に、2回、失敗している。
エピソード②
中学校受験に、3回、失敗している。
エピソード③
高等学校受験に、2回、失敗している。
エピソード④
大学受験に、3回、失敗している。
エピソード⑤
ハーバード大学受験のため、10回申請したが、すべて落ちている。
エピソード⑥
就職試験に、30回、失敗している。
エピソード⑦
30人以上の投資家に、断られている。
エピソード⑧
Alibaba社で成功するまでに、40社以上起業し、そのすべてにおいて失敗している。
エピソード⑨
Alibaba社設立後、3年間、収益は1ドルにも満たなかった。
エピソード⑩
英語とプログラミングを、独学で、習得している。
エピソード⑪
Alibaba社は、SoftBankトップの孫正義より、わずか15分で、20億円の出資を受けている。
上記エピソードのうち、数点のみ深掘りする。
大学受験について・・・
3回目の受験で、杭州師範学院英語科(現:杭州師範大学)へ合格する。この時、本来は、本科(4年制)の点数に届いていなかったため、専科(3年制)へ入学予定であったものの、本科が定員に達しなかったことから、特別に本科生として入学を許可されている。本人曰く、地元では、3流か4流レベルの大学と語っている。
就職試験について・・・
警察の試験では、5人のうち4人が合格で、また、KFCの試験では、24人のうち23人が合格で、いずれも、その不合格の一人が彼であった。月給が、1,200円の大学講師の仕事しか決まらなかった。
起業について・・・
3ヶ月かけて金融機関から、35万円借りようとしたが、失敗している。
独学で習得した英語について・・・
幼い頃、杭州市の西湖のほとりに、多くの外国人観光客が訪れるホテルの存在を知る。シャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツが運営する高級ホテル「シャングリ・ラ ホテル杭州」である。彼は、毎朝5時、そこに行き、外国人観光客を相手に英語を習得していく。9年間、無料の旅行ガイドを行ったとされる。
独学で習得したプログラミングについて・・・
「現在も、原理は、分からない。」と語っている。
今、本稿を読んでいる方で、このような人がいるだろう。
・明確な夢や目標がない。
・もやもやして悩んでいる。
・やりたいことがあるが、なかなか行動に移せない。
本来、彼のように、人生の節目において、ここまで打ちのめされた場合、挫折から立ち直れず、失敗を恐れる人間になるであろう。小学校、中学校、高等学校、大学、さらには、就職、起業という各ステージにおいて、ことごとく失敗を経験している。
拒絶、拒絶、拒絶、拒絶の連続である。
“三度目の正直”という諺があるが、そんな世界ではない。
ジャック・マーは、偉大なる努力家である。
眼前に立ちはだかる壁が、高く、ブ厚くとも、超えていく。
ジャック・マーを、“天才”と一言で言い表すことは、彼に失礼である。
何か、感じることは、ないだろうか。
何か、突き動かされることは、ないだろうか。
“こころ そっと 揺れる”ことは、ないだろうか。
これで少しは、彼について、興味をもっていただけたであろう。
上記は、ジャック・マーが、浙江企業家連合会の会長に就任した際のスピーチである。一部のみ抜粋しようと試みた。しかし、そのすべてに、人生の“ヒント”を垣間見ることができたため、あえて、全文を記載することとした。
最後に・・・
まだ芽の出なかった若かりし頃のジャック・マー。彼が経営するAlibaba社に出資をしたのは、SoftBankである。
ご承知のとおり、SoftBank Group Corp.は、国際的なITベンチャーである。しかし、同社が、投資事業会社の側面も有していることは、あまり知られてはいない。そのパフォーマンスは、世界で著名な投資銀行や投資顧問会社をも凌駕する。何とも驚異的なIRRである。
昨年、SoftBank Vision Fundが立ち上がった。
ファンドの規模を示す運用総額は、なんと、10兆円。
潤沢な資金をベースに、発掘したユニコーン企業へ、積極的な投資を実行している。時に、メディアで、ユニークなビジネスモデルを有する海外のとあるベンチャー企業について、特集が組まれることがある。すべてとは言わないが、中には、このファンドの投資先企業が登場することがある。
資金拠出者の一角に、SoftBank Group Corp.が名を連ねる。
グループを牽引するのは、孫正義。
彼は、類まれな、投資家だ。
彼は、先見の明のある、投資家だ。
Alibaba社への出資は即断即決。その時間はわずか15分、出資総額は20億円にのぼる。
孫は、当時の状況について、次のように語っている。
2014年3月期の決算説明会より・・・
『2000年に、中国に、私は行きました。その時に、20社ぐらいですね、会いました。その当時のインターネットの、これから伸ばしていくという、そういう若い会社20社ぐらいに会いました。1社あたり10分ずつぐらいだったんですけれども、その中で1社だけですね、即断即決でですね、投資をすると決めた会社がありました。それが、Alibabaでございました。最初の5分会って、まぁ本当は各社から10分ずつ話を聞くということだったんですけれども、最初の5分話を聞いて、残りの時間延長したんですけれども、10分ぐらいは、私の方から、ジャック・マーにですね、「出資をさせて欲しい。」と。彼としては、「まぁ、じゃ、1、2億円。」と。僕は、「そうは言うな。」と、「20億受け取ってほしい。」と。売り上げがまだほぼゼロの会社で、赤字の会社で、ビジネスプランも作ったことがない、というような会社でしたけども、私としてはですね、その当時「何としても資本を受け入れて欲しい。」と、「お金は邪魔にならないだろう。」と、いうような押し問答をずっとやって、結果、「分かった。」と、「やろう。」ということになったわけです。非常に意気投合して、その後の結果が生まれたわけですけども、まぁ、やはり、20名ぐらい会った中でですね、ジャック・マーが圧倒的に伸びる、そういう予感を与えてくれたということですね。まぁ、これってですね、別に数字を見せてもらったわけじゃないですよ。プレゼンの資料があったわけでもないですよ。言葉のやりとりと、目のやりとりだったわけですけれども、やっぱり彼の目つきといいますかね。これは動物的匂いですね。なんか昔あるじゃないですか、宮本武蔵が何か誰かが切った菊の茎を見て「すごい。」と言って。「お~」。こないだあの宮本武蔵のドラマがありましたよね。やっぱり匂いを感じるって、あるんですよね。不思議とね。これあのヤフーアメリカに当時まだ社員が5、6名の時に、我々が大きく出資した時も、そうでしたし、そういう意味で匂いを感じて投資をした。』
スケール感の溢れる話ですよね。
何かにくすぶっていたり、もがいたりしている人にとって、ジャック・マーの生き様を知ることは、最大のモチベーションアップに繋がるだろう。